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安部公房を語ろう
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安部
Icon 侍 - 投稿日時:2002年08月12日 20時13分01秒
公房が自身でも『笑う月』等で云い及んでいるように、彼は「夢」を生け捕りにするために枕元にノートを置いている。これは明らかにシュルレアリスムという運動の重要な部分を担う、かのフロイトにヒントを得た「無意識」と「記憶」という要素に注目してのことでありましょう。
―――引用開始―――
私は、夢と現実という、いかにも相容れない二つの状態が、一種の絶対的現実、云ってよければシュルレアレテ(超現実)の中へと解消(溶解)してゆくことを信じている。それの征服こそは私の目指すところだ。
―――引用終了―――
そもそもシュルレアリスムが如何なるものかご存知であろうか。
それは、長らく西洋の様々な分野に於いて支配的であった態度、合理主義に対するアンチテーゼである。合理主義とは、例えば写実主義(文学・絵画)であり、例えば実証主義(科学・哲学)であり、現実主義である。
そこではこの世に存在するにも関わらず、「夢」「想像」「狂気」は特殊なものとして括弧に入れられてしまい、その存在意義は認めてもらえない。『シュルレアリスム宣言』の冒頭に於いては、前述の三つの要素についての用語と開放とを高らかに宣言しています。詰り、シュルレアリスムとは、一つ一つの現実のみを観察、記述したところで、それは必ずしも真実を表しているとは限らない、否、それは真実を記述するに十分な文法を有していない、という考えに立ち、かの「超現実」を以ってその核心に迫ろうとするのであります。
このことを自分なりの例を以って解説すると、現実主義は1+1=2,2+2=4,3+3=6……なんてことを繰り返しているに過ぎず、シュルレアリスムはそれをx+x=2xと表現すること、或いは日本の自然とは何かと問われたとき、いちいち富士山やら武蔵野やらを説明するのをやめ、龍安寺の石庭を見せるという態度ではないでせうか。
但し、ここで注意すべきは、シュルレアリスムは嘗ての合理主義を否定するからと云って、混沌と無秩序のみを求めるアナキストではないということです。あくまでもシュルレアレテを(広義での)理性の元に捉えてみようという運動であり、その意味では、寧ろ超合理主義なのであります。
この観点から公房の文学の解釈を試みる場合、小説の中で〈何が起こっているか〉という問いは意味を失う。何が起こっているか、云いかえればそこには如何なる現実が存在するのか、という問いを立てるよりも、そのイメージを一度無意識、即ち記憶に放置し、向こうから語りかけてくるのを待てば良いのではないだろうか。
小生の最も好きな作品は『箱男』でありますが、あれは4回ストーリーの展開を解き明かそうと読み直しましたが、矢張りそれは箱男という超現実を「理解」することにはならなかった。だからと云って公房の意図を読み解こうとする意思を破棄すべきだというのではなく、寧ろ何度も読み直し、その度に新たな発見をし、記憶に彼の文法を蓄積していくことが真の解読への近道ではないか。超現実を所謂理性で理解することは不可能である。意識を超えたところに、最早公房自身が論理も文脈も見失ったところで、眠る論理は語りだすのだ。
こういったことをブルトンはスタンダールなどを例に挙げて情熱を以って語っています。
序でに、彼はこんなことも云っています。
―――引用開始―――
シュルレアリスムは、それに没頭している人々に対して、好きなときにそれを破棄することを許さない。どう考えても、それは麻薬のように精神に働きかけるものに違いない。
―――引用終了―――
全くですね。
一方的に説明すると実にきりが無くなってしまうので、何か具体的な議論がしたいですね。
でも矢張り実際読んで頂いたほうが早いかと。

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Re:安部
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