![]() |
|
![]() |
| Re:赤い繭の解釈 | ||
| ||
|
こんにちは > 早速ですが質問です。学校で赤い繭の授業をやっているのですが、うちの国語教師のファシズム的解釈の押し付けにはもう我慢できないのです! > �,�れは蚕?(縄が兄弟といっている事から、見た目が似ている?) 一つの仮説としては面白いと思いますが、 文章中の記述からでは、そうはいえないと思います。 「地軸がゆがんだのではなく、俺の片足が短くなっている・・・」 等の記述からも、足により体を支える生命体(しかも靴を履く) と捉えられます。 > �△�れにとっての家とは? 記述「ねぐらに急ぐ・・・」「休むための家」から、家の特徴の一面 がみられます。繭に入ったあとの記述。「やっと休める・・・」 もそうでしょう。 あとはその、休むとはどういうことかですね。 アイデンティティの基礎となるものともとれるのではと、 私自身は思います。 また、「**のもの」という記述も多くあります。 家の別の側面。アイデンティティの別の側面。 > ��「繭の中はいつまでも夕暮れ」なのはなぜ? まず、物語の必然として、家に帰る=夕方のつながりから、 その繭になるタイミングが夕方になってしまうのが一つの事実。 そして、そこで、彼は消滅し、時間も停止したから夕暮れのまま。 そのまま、物語をとると、そうにしかならないように思います。 その夕暮れについて、様々に解釈するのは面白いと思います。 例えば、その赤のおかげで、繭は少し珍しいものになり、拾われる。 (赤でなければ・・・) 最後の家へのたどり着きについては、以前もここで 記述しましたが、とても衝撃的です。 > みなさんの考えを聞かせていただけないでしょうか? > 期待しています。 物語からあまり逸脱しない程度で私の考えを述べると、 こんな感じです。 ただ、この返答はおそらく、味気なく、 物語に対して若干自由度に欠くものだと思います。 ご意見聞かせていただければ、 いろいろ深めていけそうにも思います。 以上
| ||
| この投稿へのコメント | ||
|
Re:赤い繭の解釈 | ||
|
|